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太陽フレアの影響について

太陽表面に見られる黒点の周囲において、突然大きなプラズマの炎の発生とともに輝きが増すことがあります。これが「フレア」と呼ばれる現象で、黒点上空のコロナに蓄えられた磁場のエネルギーが短時間のうちに開放されて起こる巨大な爆発現象であると考えられています。しかしながら,そうした急激な爆発がなぜ起こるのか、というメカニズムはよく分かっていません。

フレアの爆発時に解放されるぼう大な量のエネルギーの大部分は、粒子の加速に費やされます。その結果、太陽から常に放出されている粒子(太陽風)よりも高いエネルギーを持つ粒子が惑星間空間に大量に放出され、その一部は地球の磁気圏に侵入してきます(図1)。過去人工衛星で観測された太陽フレア時の粒子フラックスの変化は、一般に図4のようなパターンを示し、フレアの規模によっては、地球近傍で観測される陽子のピークフラックスが平常時の1000倍を超えることもあります。

図4. 巨大な太陽フレアの発生時に地球近傍の宇宙空間で観測される粒子フラックスの典型的な変動パターン;上昇から終息までの時間スケールは数時間〜数日.

このような、太陽フレア時に放出される大量の粒子は、地球の磁気圏外を飛行する宇宙飛行士にとっては深刻な問題です。しかし、航空機高度においては、地球の磁場や分厚い大気がほとんどの太陽粒子を遮ってくれますので、宇宙空間で観測されるような線量の顕著な増加はほとんど見られません。航空機高度まで影響が及ぶような陽子のエネルギーはおよそ0.5GeV以上と考えられますが、こうした高いエネルギーを持つ太陽フレア粒子の割合は小さいからです。

ごく限られた事例ながら、太陽フレアの影響が地上まで及び、地上での二次粒子(中性子)の線量率が短時間で明らかに上昇したケースがいくつか観測されています。こうした事象は"Ground Level Event(GLE)"と呼ばれますが、測定データの存在する1940年代以降では、1956年2月23日のGLE事象が最大の線量をもたらしたと推定されています。このケースでは、0.5GeVを超える高いエネルギーを持った太陽粒子が大量に大気圏へ侵入したと推定されます(図5)

図5. 過去に観測された最大級太陽フレアにおいて地球の磁気圏まで飛来した陽子の推定エネルギースペクトル(Nealy et al. (1992)にも基づいて作成).

では、航空機高度での被ばくという観点から過去最大級の太陽フレアである1956年2月のGLE(5番目に観測された事象ということで"GLE5"と呼びます。)に、高緯度飛行中に遭遇した場合の線量はどの程度になるでしょうか。これについては様々な推定値がありますが、最近のフランスの研究グループによる、過去のGLE事象に伴う航空機搭乗者の被ばくを網羅的に計算した報告(Lantos and Fuller, 2003)によりますと、GLE5の再発生を想定した最大の線量をもたらす条件下において、北磁極(グリーンランド西)の近傍上空を通るパリ-サンフランシスコ間の飛行(巡航高度11km、飛行時間11.5h)で4.5mSvの被ばくを受け得ると推定されています。パリ-東京間については、シベリア南部を通る航路(飛行時間11.6h)で0.9mSv、アラスカを経由して北極地方上空を通る航路(飛行時間15h)では3.8mSvという推定値が記されています。ICRPが一般公衆の人たちの年間の線量限度を1mSvとしていることを考えると、1回の飛行でこれだけの線量を浴びると分かっているならば、何らかの対策を講じなければなりません。

しかし、GLE5クラスの太陽フレアが発生する確率(頻度)は非常に低いものです。1回の飛行で1mSvを超えるような被ばくを受け得るようなGLE事象は、過去50年間起こっていません。また、約100年を周期とする太陽活動の長期的な傾向を考えると、今後数十年間はGLE5クラスの太陽フレアが起こる可能性はごく小さいと予想されます。もちろん万が一への備えは必要ですが、太陽フレアを怖れて飛行機に乗らないといった対処は合理的とはいえません。

太陽フレアは一種の自然災害(津波のようなもの)ということができます。人工衛星で得られるリアルタイムの情報に気をつけ、巨大なフレアの発生が分かった時点で迅速に適切な対応を採ることが重要と考えられます。

(参考文献)
2-1) European Radiation Dosimetry Group: "Cosmic radiation exposure of aircraft crew: compilation of measured and calculated data", A report of EURADOS Working Group 5. European Commission: Luxembourg, 2004.

2-2) Lantos, P. and Fuller, N.: History of the solar particle event radiation doses on-board aeroplanes using a semi-empirical model and Concorde measurements. Radiat. Prot. Dosim., 104, 199-210, 2003.

2-3) Nealy, J.E., Striepe, S.A. and Simonsen, L.C.: "MIRACAL: A Mission Radiation Calculation Program for Analysis of Lunar and Interplanetary Missions", NASA TP-3211, 1992.

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